進展しない拉致問題への態度やミサイル発射により、私たちは北朝鮮にずっと振り回されてきました。
北朝鮮に対しては、怒りの感情がわくのはもちろんのこと、独裁による人権問題の噂には眉をひそめる存在です。
あなたも、北に向かってスピーカーでプロバカンダをする韓国軍や、脱北者を銃殺する北朝鮮兵士の様子をテレビなどで目にしたことがあるでしょう。
もし、あなたが緊張感のある国境線にいたとして、
(といってもまずありえないシチュエーションですが)
小銃を小脇に抱えた北朝鮮の軍人に見つかってしまったらどうなるでしょう。
今回は、脱北者の取材をしていたジャーナリストが国境で北朝鮮に捉えられて、140日間にわたり拘束された経験について紹介します。
北朝鮮に拘束された日々をジャーナリストが語る
北朝鮮に拘束されたと聞いて、あなたが一番にイメージすることは容赦のない拷問、冷酷非道な処刑でしょう。ナn
しかし、韓国出身でアメリカのジャーナリストであるユナ・リー氏は帰国できました。
元大統領のクリントン氏が北朝鮮を訪問したことによる恩赦のためです。
リー氏が過ごした北朝鮮での5か月から、北朝鮮の人々のリアルな様子が分かります。
拘束された経緯
ユナ・リー氏が拘束された経緯についてみてみましょう。拘束は中国の脱北者取材中に起きた
脱北者のドキュメンタリー制作をしていたユナ・リー氏。2009年3月17日のことだそうです。
中国へ渡った脱北者をテーマにしていて、その日は撮影最終日でした。
現場には撮影チームがいたのですが、同僚の記者と二人で拘束されたようです。
拘束された場所

※鴨緑江(おくりょくこう)のことと思われます。

そこは、脱北者たち御用達の脱北ルートです。
なぜなら、柵や壁、有刺鉄線のような国境を示すものはない上に冬は川が凍ります。
越境するのに税関しか通ったことのない私たちでも、脱北の条件としては最適なことが分かります。
その日も川は凍っていました。
ライフ銃を持った兵士二人に追いかけられる

その時、スタッフが「兵士だ!」と叫び、ユナ・リー氏が振り返るとライフル銃を抱えた2人の兵士が追いかけてくるのが見えました。
中国の領域を目指す
北朝鮮兵士に発見された取材スタッフは、一目散に中国の領土を目指します。中国側に入ってしまえば、北朝鮮兵士は手出しできません。
ユナ氏は頭にだけは銃弾を受けないでくれと願いながら、白い息を吐き冷気に肺を震わせながら全力で走ります。
崩れ落ちた同僚
ユナ・リー氏は必死に走り、なんとか中国の領域にたどり着いたそうです。一件落着か、助かったのかと思った矢先、同僚の記者が倒れるのが目に入りました。
「足の感覚がない」
という同僚。
ユナ・リー氏は、同僚を置いてはいけないと駆け寄りました。
すると、瞬く間に北朝鮮兵に囲まれてしまいました。
万事休すか。
韓国における対北朝鮮プロバカンダ

ここで、韓国における北朝鮮のイメージを知っておきましょう。
ユナ・リー氏は韓国で過ごした間、
「男の子が共産主義者は嫌いだ、と言っただけで北のスパイに惨殺された話」や、
「韓国の少年が“太った赤い豚”を倒すアニメ」などで、
子供のうちから北朝鮮を敵視するように刷り込まれたと言っています。
子供の頃から知らず知らずのうちに北朝鮮人を人間と考えず、政府と同じような悪だと思うようになってきたというのです。
北朝鮮の奇妙な拘束ライフ

イスラム系テロ組織に邦人が拘束されてしまったときの絶望感と同じではないでしょうか。
帰国できないことは確実です。
おもちゃのようにその命をもてあそばれ、見えない蚊取り線香の火のような命がいつ奪われるのか怯えながらその瞬間を待たないといけなくなってしまったのです。
他人事の事件が自身の生命の危機として目前に突き付けられた瞬間です。
しかし、ユナ・リー氏が過ごした日々は“奇妙”な体験ばかりだったというのです。
あどけない兵士
もみあいののち北朝鮮兵に捕らえられたリー氏は助けてくれと叫び懇願したそうです。中国側からの救出に期待し、必死の抵抗をしたそうです。
すると、兵士がライフル銃を振りあげました。
リー氏は身構えましたが、兵士はためらって殴ってこなかったそうです。
そして、彼女はこのとき、兵士が非常に小柄であることと、まだ子供であることに気が付きました。
北朝鮮兵士の目は泳ぎ、威嚇のために振りあげられたライフルも力なく宙にあるままでした。
ユナ氏は抵抗することをやめ、連行されました。
差し出された上着
ユナ・リー氏が連行されたのは陸軍基地。ライフルを持った敵がわんさかいる場所です。
ユナ・リー氏はもちろん、最悪の自体について想像したそうです。
ユ・リー氏が乗っているのはカボチャの馬車ではないですから、上品なスタッフが
「寒いところよくおいでなすって、キムチチゲだよ~」
とニコニコ笑顔で迎え入れてくれるはずがありません。
しかし基地につくと、一人の役人が自らの着ているコートをユナ・リー氏にかけてくれたというのです。
ユナ・リー氏は先ほどの川で兵士ともみ合っている際にコートを失くしていました。
尋問
拘束されてからしばらく、ユナ・リー氏は週6日間の尋問を受けたといいます。狭い部屋で机をはさみ、尋問官からユナ・リー氏の仕事やスケジュールについて書くように強いられました。
北朝鮮の尋問官が望む証言を得られるまで何度も何度も書かされたそうです。
北朝鮮の板東英二と赤い豚

「これを食べるとな~力がつくんですな、ホンマに~」
と言われたユナ・リー氏。
敵の懐中で受けるささやかな優しさに、最悪の事態を想定し緊張しました。
するとそれを見た役人がこういったというのです。
「我々があの赤い豚のようだと思っているのか?」
北朝鮮のタイタニック号
3か月拘留されたのち、裁判所から労働教化刑12年を宣告されたユナ・リー氏。以下は労働教化刑についての引用です。
独裁国家で執り行われた裁判、その恐怖が分かります。
労働教化刑とは
3.罪の比較的重い刑事犯(殺人、婦女暴行など)を収容する教化所(교화소) ここでは原則として6ヶ月以上収容される。通常の裁判において「労働教化刑○○年」と判決されたものが収容されるもので、日本でいう刑務所にあたる。所内の生活レベルは労働教養所以上に酷く、病死するもの、餓死するもの、斃死するものが非常に多い。
朝鮮民主主義人民共和国の強制収容所 - Wikipedia
そんなユナ氏が自分の拘留室で移送を待っていたところ、女性の看守2人の会話が聞こえたそうです。
一人は鮮やかなワンピースをまとっていて、それを自慢していました。
そして、もう一人は歌が好きなのか、セリーヌ・ディオンの「My heart will go on」をしょっちゅう歌っていたそうです。
映画「タイタニック」で有名なあの曲です。
北朝鮮にも西洋の文化が入っていることが分かります。
ユナ氏はしょっちゅう聞こえてくるこのタイタニックのテーマにうんざりしたそうです。
AmazonPrimeなら定額で聴き放題!
北朝鮮のドラマをDisる女性看守
二人の女性看守たちは、毎朝とても長い時間をかけてメイクをしていたと言います。日本や韓国の普通の女性と全く同じなんですね。
しかも、その看守は中国制作のドラマがお気に入りだったそうです。
北朝鮮のテレビ番組を引き合いに出しては否定して、年長の看守が諫めるといった、個人の主張をみられる場面が多々あったと言います。
拘束された記者、北朝鮮の刑務所で女子会に参加

そこでは、2人の看守が集めた女性の看守たちが勢ぞろいしていたそうです。
そして、看守たちはくすくす笑うなどそわそわしていました。
一人の看守が、ユナ氏に尋ねました。
アメリカにはワンナイトラブって本当にあるの?
結婚前の男女が手をつなぐことも禁止されているという北朝鮮。
ユナ氏は、看守たちが自身を囚人であることを忘れているのではないかと錯覚したそうです。
そして、高校の教室で椅子を並べて語り合っているかのように話したというのです。
そこでは、ユナ氏と同じアニメを見て育ったことや、アメリカや韓国の女の子と同じ関心を北朝鮮兵が持っていることを知ったそうです。
まとめ
ユナ・リー氏はクリントン元大統領のお陰で恩赦が下され、5か月に及ぶ拘束から解放されました。その生活のなかで、ユナ氏はこう感じたと言います。
政治のこととなると緊張感が走るが、それは北朝鮮に対する韓国やアメリカのプロバカンダ、韓国やアメリカに対する北朝鮮のプロバカンダによるものだと。
そしてそのことを除けば、北朝鮮に暮らす人々は私たちと変わらない感情や考えを持っているのだと。